るりとうわた

日常をつづる

3、11東日本大震あれから2年

2年前の3月11日、国内の観測史上最大のマグニチュード9.0の巨大地震が発生し、東北や関東の沿岸には高さ10メートルを超える大津波が押し寄せました。
一日も早い被災地の復興と犠牲となれた方々のご冥福をお祈りします。

あの日、大自然の驚異の前には、人間の力はいかに小さいかということを再認識させられました。
映像でですが、あの大津波の恐怖は未だ忘れることはできません。
そして、原発事故が起こり、日本にはこんな恐ろしい原発が54基もあることを知りました。

今日のWebニュースを追ってみると

震災後もゆっくり地殻変動 2年でM8.6以上に相当

【瀬川茂子】東日本大震災後も、震源域のまわりのプレート境界の地殻がゆっくりずれ動く「余効変動」と呼ばれる現象が続き、この2年でマグニチュード(M)8・6以上の地震に相当する変動があったことが、国土地理院の解析でわかった。11日、政府の地震調査研究推進本部に報告した。

 2011年3月11日の地震に伴う最大の地殻変動は、宮城県牡鹿半島で東に約5・4メートルの移動だった。その後、余効変動でさらに東に約76センチ移動した。同じように地震で49センチ移動した銚子は、さらに48センチ移動するなど、巨大地震の影響の大きさを示している。

凄い力が働いたということで、まさに地球は生きているという状態の大地の上に私たちは暮しているということです。
未だに地震、余震が続いていることがうなづけます。

また東京新聞では「原発関連死789人 避難長期化、ストレス 福島県内本紙集計」と題した記事を載せています。


 東京電力福島第一原発事故に伴う避難やストレスによる体調悪化などで死亡したケースを、本紙が独自に「原発関連死」と定義して、福島県内の市町村に該当者数を取材したところ、少なくとも七百八十九人に上ることが分かった。死者・行方不明者一万八千五百四十九人を出した東日本大震災から十一日で二年。被災三県のうち福島では、宮城、岩手よりも多くの人が今も亡くなり続けている。原発事故は、収束していない。(飯田孝幸、宮畑譲) 

 地震津波の直接の犠牲者だけでなく、震災や事故後の避難中などに亡くなった人に対し、市町村は「震災関連死」として災害弔慰金(最高五百万円)を給付している。福島では二十二市町村が計千三百三十七人(十日現在)を関連死と認定。二十市町村はこのうちの原発事故に伴う避難者数を把握しており、本紙で「原発関連死」として集計したところ七百八十九人に上った。南相馬市いわき市は把握していない。

 南相馬市の担当者は「事故後、市全域に避難指示を出した。震災関連死と認定した三百九十六人の大半は原発避難者とみられる」と話しており、これを合わせると原発関連の死者は千人を超えるとみられる。

 二百五十四人が原発関連死だった浪江町では、申請用紙の「死亡の状況」欄に「原子力災害による避難中の死亡」という項目がある。町の担当者は「全員がこの項目にチェックしている。自殺した人もいる」と話す。

 震災関連死の認定数は、福島より人口が多い宮城で八百五十六人(八日現在)、岩手が三百六十一人(一月末現在)で、福島が突出している。復興庁は「福島は原発事故に伴う避難による影響が大きい」と分析している。

 認定数の多さだけではなく、影響が長期に及んでいるのも福島の特徴だ。震災後一年間の震災関連死の認定数は福島が七百六十一、宮城六百三十六、岩手百九十三。その後の一年の認定数は福島が五百七十六、宮城が二百二十、岩手が百六十八。今も申請は続き「収束が見えない」(浪江町)という状況だ。

この福島の人々が安心して暮らせる日々が来てこそ、復興が進んだと言えるのだと思います。
私たちも決して忘れない、一日も早く福島の人たちが平和に暮らせる日が来ることを。
原発の近くに住む人にとっては、他人ごとではないはず、同じことが今後も起こりうるのですから、一日も早く、日本から原発が無くなる日を希望しています。