るりとうわた

日常をつづる

アトラス山脈越え、サハラ砂漠へ

フェズに2泊して、モロッコの京都と言われる古都巡りをしました、今日は移動の日でサハラ砂漠入り口のメルズーカまで約500kmの移動です。

北アフリカへ来たというのに、豊かな緑に驚かされ、それも道理で、食糧自給率は200%と、自給自足で、輸出しているそうです。
また車窓の写真で紹介ですが、窓ガラスのフィルムで、暗く見えます。

両側にオリーブ畑が広がります。

やがてバスはアトラス山脈に入って行きます。

アトラス山脈
アフリカ北西端,モロッコからアルジェリアチュニジアにまたがる大山脈の総称。長さは約2400kmで,最高峰はモロッコにあるトゥブカル山(4165m)。地質的には,その大部分はアルプスやヒマラヤの隆起と同時期にあたる第三紀初期の造山運動による褶曲山脈である。アトラスの名は,ヨーロッパ人がここをギリシア神話のアトラスのすみかとみなして名づけたもの。
ロッコではアトラス山脈中最大のオート・アトラスを中心に,南西にアンティ・アトラス,北東に中部アトラスが走る。
その中部アトラスを走っていますが、途中イフランという、お金持ちの冬のスキーリゾート地で、王宮もあるスイスのような景色のところでトイレタイムです。

ヤギのミルクで作ったカフェオレを飲みました、美味しかったです。

20世紀初めまでライオンがいたということで、大きなライオンの石像が公園ありました。

綺麗な川が流れ、車(車を持てるのは中産階級以上だそうです)で来た人々が遊んでいます。

その後アトラス杉の林を通りますが、これらの杉が、モスクなどのドアや板戸に彫刻されて使われている杉で、虫もつかず丈夫だということです。

中部アトラスの最高峰ザード峠(2178m)に到着です。

ロッコの国土を2分するように真ん中に位置するアトラス山脈は温暖な空気は、この高いオートアトラスにあたり、北にのみ恵みの雨となり、高い山には雪は降るが、南方への水の流れは多くは涸れ河となり砂漠で止まるという、気候システムの境界線として分断している。
それが南と北では全く違った景観を見せる要因のようです。

向こうに見えるのがオートアトラス(最高峰トゥブカル山4165m)。で、この雪解けの水の大部分は北に流れ土地を潤します。

南は、涸れ河が幾筋も見えました。

水がない河ばかりです。
そこで、ハッサンアダーヒルダムが前王ハッサン2世はズィズ川(ZIZ)を堰き止めて造った、1971年に完成している、大きなダム湖が見えてきました。

このダムのおかげで、砂漠でも暮らせるようになったそうです。

ところどころで砂漠の中でサッカーをしている姿が見えましたが、見える範囲に家はありません、この写真は観客も多く一体どこから来ているのか?と思っていたら、

こんな渓谷にオアシスがありました。
ズィズ渓谷の川沿いに沿ったオアシスで、こんな谷あいにあるのです。
こういうオアシスが大小、あり、ナツメヤシの林に、その間に畑も見えます、その傍に家もあります、川沿いは貴重ですから、サッカー場は砂漠にあるのでしょう。

ここで、少年たちがヤシの葉を手作りで折って作ったラクダの飾り物や、この山で出てくるアンモナイト三葉虫の化石がお土産として売られています。

さらに進むとマディード・クサルがあります。
クサルとは、要塞化した集落(カスバ)のことで、サウジアラビアやイエメンから移住してきたアラブ人が多く住み、この中に1200人以上の人が住んでいるそうです。
子供たちが水汲みの手伝いをしたりしていました。


エルフードに着き、ここからは4WDに分乗してサハラの入り口のメルズーカに向かいます。
そういえば来るときの飛行機で乗り合わせた、まだやっと首が座ったばかりの赤ちゃん連れの若い日本人女性の行き先が、このメルズーカへ一人で行くということでした。
もっとも空港に迎えが来るとは言っていましたが長時間です、現地の方と結婚し初の里帰りからの帰りだそうで、出産を日本でして一人で赤ちゃんと荷物を持って帰国のようです。
女性は強いですね、さらに母は強しでしょうか。

何もない、そのうち道もないような前後左右地平線か砂漠しか見えないところです。ここで日が暮れました。

サハラとはアラビア語で「荒れた土地」「乾いた地」という意味で、まさにサハラ砂漠と、砂漠砂漠と重ねているのと同じです。左側に砂丘が見えます、夕日で乗った車の影が長いです。


しかも私たちが乗った運転手さんは、一番後ろで、同じ道を走らず、前の車と並行して走るのですが、道なき道をS字型に前の車を横切ったり、大きくバウンドしたり、車体を道にぶつけたりと、中々派手な運転で、これが4WDの乗り方と言われれば、その気分は十二分に出ます、スリル満点でしたが。前2台の車がみえます。

で、今夜の宿、オーベルジュ(フランス風です)について降りると、さぞ若い運転手さんかと思いきや、一番の年長さんでした。

写真に撮れないのが残念ですが、砂漠の夜空の星の数がそれは見事に星屑のごとく散りばめられ、空気が澄んでいるのでキラキラと輝き、日本では視力の所為でボケて見える私の目にも、くっきりと光り輝いて見え、ため息が出るぐらい美しい満天の星空でした。

翌朝は4時に起きて、40分にホテルを出て砂丘を歩き、日の出鑑賞です。
オプションでラクダに乗りました、行きと帰りを友人と分けました。

サハラ砂漠の砂は赤い色でちょうど濃いサーモンピンクと言う感じでしょうか。


念願のサハラ砂漠の砂を持って帰りました。